一柳の感想文、反省文、ポエム

感想文、反省文、ポエムを書きます。

須崎先生は無能

須崎先生は無能

 

 

 

か?

 

マンガ『みいちゃんと山田さん』、通称「みい山」がアニメ化されることを受けて、みい山の功と罪、益と害の部分がにわかに議論されている。一柳はみい山をしっかりと読んでいないが、今のところの見解としては

みい山のマンガが障害者差別を煽ってきたり偏見をふりまいてきたりしたことは否めない。しかし、それだけでアニメ化が否定されるべきものでもない。ただ、能動的に購入しないと読めないマンガと違い、地上波で放送される以上はもう少し厳しい基準が敷かれても仕方ない。フルメタル・パニックだって、原作では北朝鮮が舞台のシーンがアニメ版では架空の国になったように、マンガよりも多くの人に簡単にアクセスされる以上は描き方を変えなくてはならない部分はある。

くらいのものである。マンガを読んでいないか、読んでいてもそれほど思い入れのない人も、たぶんこれくらいの感想でおしまいであり、議論に参加しようとは思わないだろう。

 

そんな俺でも、議論に参加したくなったというか、ひとこと言わずにはいられなかったテーマがある。須崎先生は無能かどうか、須崎先生から特別支援教育に関する学びが得られるか、というところである。

 

みいちゃんが小学校3年生のときに、みいちゃんの母親は担任の須崎先生から特別支援学級への転籍を勧められる。担任の須崎先生は若手のようであり、母親に話が通じないとわかると、祖母に家庭訪問をしかけ、熱心に特別支援学級に移ることを提案する。
学校現場や特別支援教育に詳しくない人は、このシーンを読んで以下のような感想を持つだろうか。

みいちゃんを受け持ったものの、教育を諦め、ただ一年間やり過ごす先生は多いだろう。しかし須崎先生は反発を恐れず、みいちゃんに必要なことを、勇気を持って保護者に告げた。立派な先生だ。

作者の亜月ねね氏もそれくらいのことを考えて描いたようだ。単行本3巻に収録された児童精神科医・学者の宮口幸治氏との対談においても、「真似すべきモデルという意味では、須崎先生は『良き大人』になれそうだと思ったのですが……。」と発言している。ところがというか、やっぱりというか、宮口氏からも、ツイッターランドの特別支援関係の人たちからも、批判を受けている。

――障害の告知はセンシティブなのに、雑すぎた、性急すぎた。たった3コマで検査や転籍の話を出した。
――保護者との関係を十分に構築できていないのに障害告知をした。日ごろから学級の様子を細かく共有しておくべきだった。
――家庭訪問までして、保護者に「適切な支援を受けさせない方が恥ずかしい」と追い詰め、保護者の退路を完全に断った。

一柳も特別支援教育に多少関わったので、このような批判にはだいたい同意する。俺が須崎先生と同じ学校に勤務していたら、須崎先生に似たようなことを言ったかもしれない。

 

自分が見た、巻き込まれた例でもこんなことがあった。以下は長い自慢なので、読み飛ばしてもらって構わない。

 

若手の教員が、面談で保護者に対しいきなり、児童には発達障害の可能性があると発言する。その教員は保護者がどう感じるだろうかと、機微がわからない。そして障害等に特別詳しいわけでもない。自信満々に言われて不安になった保護者が俺に相談に来る。こういうのは一柳先生に聞くのがいいと言われたとかなんとか言って。ママ友でうわさされてんのか?


急にボールが来たもので、仕方なく、俺もうまいことやろうとするわけだ。まず、保護者の話を、そりゃあもう上手に聞くわけだ。こちらからは学校の普段の様子を話したり、きょうだいと比較してわかることを並べたりして、よく見てますよアピール、客観的に判断できますよアピールをする。そしてその合間にその子の気がかりな点をところどころ刺す。その間にその子がいつ、どこでどういった制度等につながったらいいかを考え、「もし気になるようなら、こうなったらこういうことをした方がいいですよ。それまでは様子見で大丈夫ですよ」などといったり、「スクールカウンセラーに様子を見てもらいましょう」などと提案したりしていく。見通しがつくと保護者も安心するだろう。

一通り相談が終わったら、その担任へ苦情を言いに行く。自分からいうのも変なので、管理職(学校では上司のことを管理職と呼ぶ慣例があるのだ)からこういうことがあったから、障害や検査の話は単独でしないで学年主任や特別支援学級の担任やスクールカウンセラーと相談してから複数人で行うとか、普段から十分に事実を記録して積み重ねておくとか、保護者の不安に寄り添い、話し方に気をつけるとか、そういう基本的なことを指導してもらうように依頼する。ついでに管理職の担任配置やこれまでの対応が甘かったからこういうことになったと刺すことも忘れない。

信長の野望とか太閤立志伝であれば、俺には確実に「弁舌」特技がつくだろう。ヘラヘラとそういう技能だけで仕事している振りをしてきた。

障害について詳しい無能教員というのもいた。保護者が「私はアダルトチルドレンで……」みたいなことを言い出したら「アダルトチルドレンという障害はない」と冷たく突き放したり。いや、そこ、刺すところじゃねえから。「自分の育ってきた環境につらいことがあったから、子育ても不安になりますよねぇ」などとうまいこというところじゃんかよー。あ、こういう対応ばかりしているからママ友でうわさになんのか。

 

以上、自慢。

 

だから俺にも、こういう直情ぶっこみバカがいることのつらさとか大変さとかがすごくよくわかるわけだ。

 

それでも、須崎先生を無能と断じたくない気持ちも一方である。

その要因の1つにはマンガとしての制約がある。3コマで障害や検査の話をまとめようとしたというが、それはマンガの限られたページ数で表現しようとしたらそういうことにもなってしまうだろう。最近のワンピースのように、回想だけで何十ページ、何十話も使えるなら話は別だが。作者としてもどれだけ話数が使えるかわからなかったであろうから、短くコンパクトにまとめられてしまうのも仕方ない部分がある。

2つには時代の制約がある。マンガの舞台が今から10年以上前で、さらに主人公の幼少期の話であるので、現実にすると2000年前後ということになろうか。スクールカウンセラーの配置状況もわからない(東京都の小学校でもスクールカウンセラー全校配置がなされたのは2008年)し、そもそも職員室にさほど障害についての理解があるように思えない。去年の担任はみいちゃんをイジり倒していた。そういう時代・職場環境でも、何とか保護者に対応を考えてもらおうと面談や家庭訪問をしたというのは、やはり立派なことではあると思うのだ。職員室では「猫の首に鈴をつける」という言葉もよく使われる。保護者の機嫌を損ねてまで何かをしてもらおうと思う教員も多くはない。「様子見」「保護者の意思を尊重して」などと言って、歴代の担任陣がやり過ごしていった結果、9年間放置される児童生徒も珍しいものではない。

 

というわけで、そういうことを考慮に入れると須崎先生は無能だと言いたくないのだ。
もちろんページ数の制約もなく、世間や教員からも障害の理解が進み、現代を生きる我々は、須崎先生の真似をしてはいけない。保護者と信頼関係を形成し、保護者の精神的負担を配慮して伝え方を工夫し、うまいことやらないといけない

 

 

 

のだろうか。

 

そういうことを考慮に入れなくても須崎先生のやり方はダメなのだろうか。

俺が保護者に配慮をするのは、それが結局児童生徒の利益にかなうからだ。保護者がヘソを曲げると面倒くさいことになって、まわりまわって子供に悪影響が及ぶからだ。そうでなければ、こんなことしたくない。

障害の可能性を告げられてショックを受けるのは保護者の問題であって、学校の問題でも児童生徒の問題でもないのではないだろうか。

ヘソを曲げて学校やほかの支援機関とのつながりを切ったのは母や祖母の責任なのではないだろうか。

支援学級の選択肢を検討しない・できないのは母や祖母の無作為の教育虐待とでも呼べるのではないだろうか。

支援者やら専門家やらが主張していることは、児童生徒の利益よりも保護者の利益を上においてあるクソみたいな前提をなぞっているだけではないだろうか。

 

保護者を完全無視できるようにしてほしいとまでは、本当のところ思っていない(他人からちやほやされるのが好きなので、うまく取り繕おうとする自分のことがめちゃくちゃ好きだ)が、みい山論争は、保護者の意思至上主義みたいなものにちょっと反発したくなる気持ちをよみがえらせてくれたのだ。

 

 

 

ついでに言うと、みい山が名作なのは、タイトルの通りみいちゃんと山田さんの対比にある。作者の分身であるところの山田さんは、毒親から、支配とも呼べるようなガチガチの教育虐待を受けてきた。みいちゃんが受けてきたのが無作為の教育虐待なら、山田さんが受けてきたのは作為の教育虐待とでも呼べるかもしれない。作者が須崎先生を有能だと思ったのは、保護者の意思よりも児童生徒にとって必要なことの方を上に置いたからではないだろうか。須崎先生みたいな、保護者とケンカしてくれる教員が欲しかったのではないだろうか。山田さんの方も、みいちゃんと接することで解放されたり育ち直しをしたりして救われているところがあるはずで、だから山田さんはみいちゃんのことが気になって、構ってしまうところもあったはず。山田さんがみいちゃんに毒親のようにふるまおうとしたところはゾクゾクしたし、露悪路線じゃなくて、そういう路線で何か作者の救いが描けたんじゃないか。

ってうちの妻が言ってた。うちの妻、みい山、めっちゃ読んでた。

 

「極めれば道」とはよく言ったものだ

歳をとってきたようで、涙もろくなってきた。

 

最近ではSASUKEのファイナルステージのあの塔が見えただけで泣けるようになってしまった。

 

SASUKEは、強度の問題もあるため、ステージの大がかりな装置やあの塔も、シーズンごとに毎回組み直している。ファイナルステージまで進出する出場者がいないと、塔は一回も使われないまま解体されることになる。

 

ステージを製作する人たちも、今の建設会社が請け負うようになって13年目だから、新人として現場に放り込まれた若者たちも、今や40歳を超えるオジサンになっていた。

 

作業をする人たちは、あるアホを恨んでいる。ミスターSASUKEこと山田勝己だ。山田さえいなければ、ここまで大がかりなセットを、年々難しくなるギミックを、用意する必要はなかったかもしれないのだ。

 

もともとSASUKEはおバカな番組だった。無理難題なステージに挑戦する素人が、ブザマに落っこちるのを見て笑う、そんな番組だった。そんなSASUKEが変質するきっかけを作ったのが山田勝己だった。

 

おバカ企画に全力で取り組むアホが現れると、その企画は変質する。例えば鳥人間コンテストもおバカ企画として始まったものだが、一式陸上攻撃機を設計した航空技術者の本庄季郎が参加したことで、高い技術と人間ドラマを見る感動ものに変わっていったという背景がある。

 

SASUKEも鳥人間コンテストと同じルートをたどったのだった。

 

山田はステージを模したセットを自作し、トレーニングを重ね、仕事を辞め、人生をかけてSASUKEに挑むようになった。山田の挑戦する姿は、笑いではなく感動を呼び、後続が集まるきっかけを作った。

 

プロデューサーも、山田がいたから番組が人間ドラマに変わっていったと話す。

 

そもそも山田はSASUKE向きの体をしていない。身長は175cmでがっちりした体型である。SASUKEは小柄な方が有利な競技である。今までSASUKEをクリアした「完全制覇者」は4人いるが、みな160cm台前半である。

 

大柄なことが不利なのは山田自身も気づいている。体重を10kg以上落として挑戦をしたこともあった。その回では山田史上最高記録である、ファイナルステージ進出を果たす。もっとも、その回ではスタミナ切れを起こし脱落している。

 

そんな山田はなぜSASUKEに挑戦し続けるのか。20年も前に彼は答えを出している。

「俺にはSASUKEしかないんですよ」

 

「このセット、今回は使われますかねぇ」

「どうだろう。新しいギミックも多いから、難しいかもしれないな」

建設会社の人たちは、そんな会話をしながら作業する。簡単に突破されたくない/突破して最後までステージを楽しんでほしいという、相反する感情に奔走される。作業員ですら、山田に魅せられ、振り回され、ここまで来たのだった。

 

なんて会話をしながらセットが組まれていく様子を妄想して見るSASUKE、マジで最高。読者諸君、俺は山田勝己が大好きだ。

 

 

 

※この記事に書かれていることは妄想なので、真に受けないように。完全制覇者は全員小柄だったとか、鳥人間コンテスト本庄季郎が出場したとか、ところどころに事実を混ぜ込んでいるが、変なこともいっぱい書かれている。信じていいのは、俺が山田勝己のファンであることだけ。

「ロハ台にならえ」は空虚なかけ声か。

 ここのところまた、「ロハ台にならえ」という声がよく聞かれるようになってきました。確か某雑誌の社会教育関係者の追悼記事の中にも、唐突にロハ台のことが書かれていて、困惑した記憶があります。

 

ロハ台の実践とは何か

 社会教育(≒学校外教育)の世界には、「ロハ台の実践」と呼ばれる有名な事例があります。これは1950年代に、東京大学助教授になった大田堯が、埼玉県土合村の西堀の青年学級で行った教育活動です。

 

 西堀というのは、今の中浦和駅の近くです。埼京線が通る30年前の話なので、当然鉄道も通っていないような場所でした。土合村はこの大田堯がかかわり始めてからすぐに浦和市に合併されました(平成の大合併ののちには、さいたま市桜区になりました)が、70年前にはこんな東京から近いところも「農村」だったのです。高等学校進学率も3割4割ほどだったようです。

 

 青年学級というのも、今ではあまりなじみのないものかもしれません。中卒で働く若者たちに、一般教養の涵養や戦後民主主義の普及、文化的な活動、職業教育等を保証するための社会教育事業でした。もちろん中卒だけしか入れないというような場所ではありませんが、高校全入時代になりましたし、大学や専門学校にも半分以上の若者が進学するようになり、時代にそぐわないということで1999年に青年学級を支援する国の法律はなくなりました。青年学級の必要性を感じている地方自治体の中には、国からの補助はなくても、今も独自の予算をつけて細々と続けているところはあります。また、障害をもつ青年のための活動の場として「青年学級」の名を使っているところもあります。

 

 さて、この西堀青年学級で、中卒で働く10代20代の若者を相手に講座を持つことになった大田堯は、気合をいれて農民の歴史を話そうと乗り込んでいきました。ところがお勉強の苦手な若者たちにちっとも話を聞いてもらえなかったようです。大田もショックを受けたようですが、何とかできることはないかと、青年学級の会場の近くのタダのベンチ(ロハ台)に夜な夜な集まる若者たちを観察することにしました。

 

 大田は何をするわけでもなく、若者たちが駄弁っていることをじっと聞いて、記録して、ガリ版に刷って、持ってくる。すると若者たちは驚きました。自分たちの話が印刷されている。自分たちはこんなことをしゃべっていたのか。ロハ台での駄弁りを記録し印刷するだけのことを続けていくうちに、若者たちに変化が現れました。

「本当は高校に行きたかったなぁ」「うちも貧しいし、家業を継がないといけないし……」

 大田は、農民の歴史を学びながら自分たちの置かれている状況を捉えなおさせる講座には失敗しました。しかし、農村の若者たちが自分たちを見つめなおすようになる教育活動には、図らずとも成功したわけです。そして、例えば進学させてほしいとみんなで親に嘆願しにいくといったように、みんなで協力して、自分たちの立場を改善していくためのアクションを起こすようになっていきました。

 

 この一連の大田の活動は「ロハ台の実践」と呼ばれ、今も多くの社会教育関係者から愛されています。かくいう一柳もこの話が好きだったりします。今より尊敬されていたであろう東大の助教授が講義をしようとしてダダ滑りするのもかわいいし、挫折するのも、そこから何とか前にもがこうとするのも、やったことがただ記録して印刷するだけなのも、そして何か若者たちが前向きに変わっていくのも、どれも愛おしく思えてくるのです。

 

 この記事を読んでいる人たちは、ほとんどが教育関係者ではないと思いますが、どうでしょうか。学校教育を学んで教員になるのは嫌だけど、社会教育にハマるような人たちは一定数います。その人たちの気持ちが少しわかりそうな気がしませんか。

 

ロハ台にならうこととは何か。

 ロハ台の実践は確かに愛くるしい。しかし、「ロハ台にならえ」とはどのようなことを指すのでしょうか。青年学級はなくなりました。そもそも社会教育というもの自体が瀕死の重傷を負っています。「ロハ台にならえ」と叫ぶ社会教育関係者(5割がおじいちゃん。4割がおばあちゃん。勢いのある若者は1割もいません)は、どこの何をならい、何をしようとしているのでしょうか。一柳には全く見えてきません。

 

 そもそも土合村の若者たちはなぜロハ台に集まっていたのでしょうか。何よりも貧しいからタダの台に集まっていたわけでしょう。田舎の閉塞感に押しつぶされそうになりながら、それでも誰かとつながりたいと思って、集まってきたのではないでしょうか。

 

 そうやって考えると、「ロハ台」を必要とする現代の若者たちが見えてくるような気がするのです。

 

 例えば、新宿区では排除ベンチが話題になりました。排除ベンチというのはロハ台の対義語といってもいいでしょう。排除ベンチはホームレスが寄り付かないように、寝にくい構造になっているベンチのことです。新宿区長はツイッターで、これはホームレス排除ではない、夜中に大騒ぎする人がいないように近隣住民からの要望を受けてこの形になっているというような発言をしました。これはこれで問題のある発言のように思いますが、あまり批判は多くなかったように見えました。

 

 私も長らく新宿区に住んでいたのですが、繁華街に近い公園は、夜中に東南アジアや中東の若い男たちのたまり場になっているのを見てきました。外国から日本にやってきて、まだ貧しく、言葉の壁もあり、人とつながることを求める人たちがロハ台を求めるのもわかる気がします。

 

 一柳は一戸建てを買って郊外に引っ越したのですが、家の近くの公園で、中学生が駄弁っているのをよく見ます。中学生も自由に使えるお金がなく、人とのつながりを求めるニーズが高い人たちです。また、引っ越したばかりなので最近の現象なのか、地域の特徴なのかわかりませんが、部活動の縮小も関係しているように思います。部活動をする頻度や時間が削減されたため、中学生の受け皿が減りました。あふれた中学生が公園に頻繁に繰り出すようになったのかもしれません。狭い公園で、全力で球技の練習をする中学生もよく見られるので、部活が関係しているというのは的外れでもないように思います。

 

 この子たちは、お金があったらどうするのだろうか、家庭はどうなっているのだろうか、気になるところではあります。(ひねった見方をすれば、トー横で寝っ転がっている人たちも、ロハ台を必要としていたようなタイプでしょう)

 

 「ロハ台にならえ」と叫ぶ社会教育関係者は、このロハ台を必要とするような若者たちにどれだけ目を向けているのでしょうか。一柳がぱっと思いつくだけでも、部活が減って行き場のない中学生や、公園にたむろする外国人が思い浮かびます。そしてこの若者たちにアプローチできたとして、彼ら彼女らの行き場のないエネルギーを、どのような方向でまとめたらいいか、考えているのでしょうか。よく見て考えているのであれば、「ロハ台にならえ」というだけではなく「あれにも、これにも、このようなロハ台のエッセンスが使えるのではないか」という言い方になるような気がします。そうなっていないということは、やっぱり見えていないのではないでしょうか。

 

 社会教育は学校のように枠がかっちり決まっているわけではありません。だから世の中の動きにもアンテナを張り、それから地域を歩いてよく見聞きし、教育ニーズや社会の問題を、敏感に感じ取っていかなくてはなりません。アンテナが鈍り、現実をよく見聞きしなくなった人が「ロハ台にならえ」といったところで、空虚なかけ声にしかなっていないように思ってならないのです。

 

 

 

※ロハ台の実践についての記述は、学生時代に受けた社会教育計画の授業で紹介されたこと、大田堯から直接話を伺ったことをもとに、10年以上脳みそで熟成されたことを打ち出したものです。時間が経ちすぎているので、記憶違いがはなはだしいと申し訳ないので多少調べたのですが、なにぶん使えそうな書籍等は実家に置きっぱなしなので、『土合教師の会の研究(1)――1950 年代埼玉県における教育研究サークルの生成と展開――』(山田恵吾、2024)をもっぱら参考にさせていただきました。

「バールのようなもの」はバールではないが、「鈍器のようなもの」は鈍器だ。

 幼児期にアトピー性皮膚炎という診断を受けたことがあるらしいのだが、運よくとても軽度だったためか、小学校中学年からいままで、特に肌には困らない人生を送ってきた。

 

 しかし、最近、どうもおかしい。手の甲が非常に荒れる。かゆみや乾燥だけでなく、出血もある。20年ぶりになにか肌から逆襲を受けているのだろうか。例年より手を洗う回数が増えたから手が荒れているということはないはずだ。去年や前職のころの方が念入りに手を洗っていたくらいだから。手の甲だけではない。足のつま先にも、歩くと痛みが走るのだ。

 

 何か悪い病気にでもかかったのだろうか。Googleで肌の荒れやつま先の痛みと入れて検索してみる。すると、新型コロナウイルス感染症の情報が出てくる。

 〇〇病院では、つま先の痛みなど、しもやけ様の炎症で受診した患者のうち、76%が新型コロナウイルス陽性者か、濃厚接触者であることがわかった、などという記事。

 待て。まだ慌てるような時間じゃない。医療記事というのはセンセーショナルに煽るところがある。それに信用できる記者が書いた記事とも限らない。

 しばらくネットサーフィンをしていると、ある記事に目が留まった。

「それって“しもやけ”かも」

 そうか、しもやけのような症状が出た場合、真っ先に疑うべきは、しもやけだった。

 

 高校のころ、友人のSくんの家に遊びに行った時のことを思い出した。Sくんが「これは俺の父親が、チャーシューの製法で作った豚肉だ」と言って皿を出した。俺たちはすかさずツッコミを入れた。「それをチャーシューというのではないのか」

 

 犯罪報道では「刃物のようなもので切りつけ」という言い回しがされることがある。凶器が見つかってないから、刃物であると断定することはできないのであろう。刃がなくても切れることはあるからだ。しかし、「鈍器のようなもので殴りつけ」と言われるときに、よく思う。殴ってダメージを与えることができたのであれば、それは鈍器だろう、と。

なんで三大数学者はアルキメデス、ニュートン、ガウスなのか

ボツ原稿が出てきたのですが、もったいないし、書くことも枯渇しているので再利用します。2017年10月ごろの作品です。

この記事は大げさなタイトルがつけられていますが、病床の一柳さんが寝ながらテキトーに考えたことであり、特に数学史の学問的背景を踏まえたものではありません。本職の数学史家が出てきたらワンパンチで沈められるほどの内容ですので、ムキになって飛びかかってこないように。そもそもポエムサイトだからそんな人は出てこないか。

世界三大数学者というと、アルキメデスニュートンガウスということになっているらしい。数学業界の常識なのだろうか。数学を外からほんの少しかじった、いや、かじってすらいない。なめてみた程度の自分からすると「もっと適任はおるやろぉ」と思うのだが、数学の専門教育を全く受けてないのでわからない。
三大数学者はアルキメデスニュートンガウスらしいよ、と数学ファン(数学者ではない)に言ってみると、妥当だという人もいれば、オイラーはどうか、ラマヌジャンはどうなんだという声もあり、すぐにスーパー数学者大戦が始まってしまう。
「バキ」で誰が強いかの議論と同じく、こういう幼稚な話は、俺たちのようなアホをワクワクさせるものである。

誰が世界三大数学者とか言い出したんだろうと思って検索してみてもよくわからない。ただ、アルキメデスニュートンガウスという並びで面白いものを見つけた。高木貞治が何かの本で、微分積分を一段階上に押し上げてきた数学者として、その3人を挙げているらしい。アルキメデスが古代に取りつくし法を発明し、ニュートン微分積分を考案し、ガウス微分積分を近代化させた、こういうわけらしい。
もし高木あたりから、世界三大数学者が日本に紹介されたのだとすれば、その3人が挙げられたのも理由を含めて理解できるが、それにしてもなんとも解析学中心主義だなぁとおも思う。
ここまでで、「なぜ三大数学者はこの3人なのか」という疑問は解けた気がするけど、高木貞治は代数の人なのに「なぜ解析中心で3人がまとめられたのか」という疑問と「誰が言い出したのか」という疑問は残る。

もうちょっと検索をすすめてみると、ハーディが面白いことを言っているのを見つけた。俺たちと同じように、スーパー数学者大戦みたいな話が好きだったらしいハーディは、アルキメデスニュートンガウスは特にすごい人たちで、ラマヌジャンはそれらに匹敵すると言っているようだ。
イギリスの解析学者が並べたらこうなるなぁということはよくわかる。ハーディは随筆や解説書もよく書いていて、整数論の本もある。これらを高木が日本に持ってきたとみると、非常にわかりやすい流れが見える。
もし仮に、ハーディのチョイスが三大数学者を決めたという予想が正しいとすると、歴史を書いた人、歴史をまとめた人、ヘゲモニーを握ることというのはすごい重要なんだなぁと思う。
哲学の歴史をみても、似たようなことを思う。古代三大哲学者はソクラテスプラトンアリストテレスとされることが多いが、それもアリストテレスが書いたものが残ってるからそうなっているようだし、カントが偉いとされるのも、ヘーゲルが「経験論と合理論をまとめたドイツ観念論すげぇ、カント先輩すげぇ」といっているようだし。

冒頭の問いに戻ろう。
なぜ世界三大数学者はアルキメデスニュートンガウスなのか。
それはイギリスの解析学者が、解析学を中心にまとめたから。こうまとめることができるだろう。

だから一柳はこう思うのです。将来、東工大素数中心主義者が数学の歴史をまとめて、エラトステネス、オイラー、リーマンが世界三大数学者になったら面白いなぁって。